評     価  

 
       
File No. 0941  
       
製作年 / 公開日   2008年 / 2009年03月20日  
       
製  作  国   アメリカ  
       
監      督   ジーナ・プリンス=バイスウッド  
       
上 映 時 間   110分  
       
公開時コピー   母はやさしい人だった。
そして私を捨てた。
 

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最初に観たメディア  

Theater

Television

Video
 
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キ ャ ス ト   ダコタ・ファニング [as リリィ・オーウェンズ]
クイーン・ラティファ [as オーガスト・ポートライト]
ジェニファー・ハドソン [as ロザリン]
アリシア・キーズ [as ジューン・ポートライト]
ソフィー・オコネドー [as メイ・ポートライト]
ポール・ベタニー [as T・レイ]
ネイト・パーカー [as ニール]
トリスタン・ワイルズ [as ザック・テイラー]
 
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あ ら す じ    1964年、サウスカロライナ州。父のT・レイと黒人家政婦のロザリンの3人で暮らす14歳のリリィには、忘れることができない悲しい記憶があった。4歳の時、家出の荷物をまとめようとする母デボラとT・レイがもみ合うのを見たリリィは、母が落とした拳銃を拾って渡そうとしたところ、誤って引き金を引いてしまい、以来母を殺してしまったという罪の意識をいつも背負って生きてきたのだった。
 ある日、リリィはロザリンと町に出た時、白人の嫌がらせにあったロザリンは袋だたきになったうえに警察に連行されてしまう。必死の懇願にもかかわらず、ロザリンを助けようとしないT・レイに、「ママがいたら」とこぼすリリィ。はロザリンを助けようとしない。それに対して返ってきた父の言葉は「ママはお前を捨てて逃げたんだ」という冷酷な一言だった。それまで抱いていた母に対する優しい記憶を覆すかのような言葉に、リリィは答えを探すためにかつての母の足跡を追う旅に出ることを決意した。
 手がかりはデボラの遺品に記されていたティブロンという町の名だった。リリィはT・レイに書き置きを遺すと、ロザリンが収容されている病院に向かう。そして、ロザリンを助け出したリリィは、2人でヒッチハイクをしながらティブロンへと向かった。ティブロンの町に着いたリリィは、デボラの遺品にあった物と同じ黒い聖母像のラベルが貼られたはちみつの瓶をダイナーで見つける。リリィはそのはちみつを作っているのがオーガストという名の黒人女性であることを聞き、さっそくオーガストの家を訪ねた。
 養蜂場を経営しはちみつを作るオーガスト、音楽教師のジューン、そして料理を受け持つメイの三姉妹は、叔母の家に行く途中だというリリィの言葉に疑いを持ちながらも、暖かくリリィとロザリンを受け入れてくれた。そして、ロザリンは料理を、リリィはオーガストの養蜂の手伝いをする暮らしが始まった・・・・・。
 
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たぴおか的コメント    最後にダコタ・ファニングを観たのは2006年12月公開の『シャーロットのおくりもの』で、以来2年以上もの長い間ご無沙汰だった。その間、妹のエル・ファニングは何度かお目にはかかったが、久しぶりにスクリーンに登場したダコタは、ずいぶんと背が高くなって、ちょうど女の子から少女への転換期とでもいうべき時期だろうか。子役で成功した役者って、例えば日本では薬師丸ひろ子のように大人になると可愛くなくなるケースが少なくないが、今回14歳の彼女を観て、ダコタは間違いなく美人になると断言したい(笑)。これからの彼女にますます期待が大だ。
 この作品は2つの主義・主張で貫かれており、そのひとつは母親の子を想う愛であり、子が母を慕う愛だ。いつの時代であっても子供にとって母親の愛情は不可欠で、だからこそ過ちとはいえ自らの手で母の命を奪ってしまったというリリィの罪の意識は重い。そして、その大前提となるのは母が自分を愛してくれていたという想いだからこそ、その大前提を揺るがすような父T・レイの言葉は、リリィの母に対する想いはおろか、リリィの存在価値そのものをもを否定するようなものだったに違いない。そんなリリィを何も言わずに大きな懐で優しく包み込む、クイーン・ラティファ扮するオーガストの愛が心地良い。
 そしてもう一つの大きな柱が、当時まだ根強く残っていた白人による黒人いやColoredに対する差別思想だ。舞台となった1964年は公民権法(人種・宗教・性別などの理由で州毎に独自に設けられていた差別基準を禁止する法律)が制定された年であることは見逃せない。白人であるリリィの目線は、ロザリンをはじめとする黒人に対して決して見下ろしていない。常に自分と同等の人間として相対するのであって、それが理由で黒人たちが理不尽な咎めを受けるたびにことにリリィは心を痛めるのだそして、観ている者もまたリリィの心の痛みを感じ取り、人種による差別がいかに愚かしいことであったかを身をもって感じることになる。