評     価  

 
       
File No. 1138  
       
製作年 / 公開日   2009年 / 2010年01月22日  
       
製  作  国   アメリカ  
       
監      督   ピーター・コーンウェル  
       
上 映 時 間   103分  
       
公開時コピー   世の中には説明できないことがある。  

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最初に観たメディア  

Theater

Television

Video
 
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キ ャ ス ト   ヴァージニア・マドセン [as サラ]
カイル・ガルナー [as マット]
マーティン・ドノヴァン [as ピーター]
アマンダ・クルー [as ウェンディ]
イライアス・コーティアス [as ポペスク牧師]
 
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あ ら す じ    末期癌に冒された長男マットの治療のため、コネチカットの病院にほど近い場所に家を借りて移り住むこととなったキャンベル一家。家賃が破格の安さだったその家には曰く付きだった。家の裏には小さな墓地があり、地下室には死体の防腐処理室、そして引き出いっぱいの写真に写っていたのはすべて不気味な死体・・・・・彼らが移り住んだその家は、数十年前まで葬儀場として使われていたのだった。しかも、地下室では一人の少年を霊媒として降霊会まで催されていたことが判明した。
 そして、一家が住み始めて間もなく、その家で次々と常識を超える超常現象が起こり始める。奇妙な物音や正体不明の人物の影。とりわけ、死期が近いマットには、他の者には見ることができない光景や人物が見え、夜には悪夢にうなされるようになった。最初は抗癌治療の副作用による幻覚症状と思われたが、それらは決して幻覚などではなく、“確かに”マットには見えていたのだ。
 ある日マットは、通院先の病院の患者の一人ポペスク牧師と知り合う。マットの話を聞いた牧師は早速キャンベル邸に訪れたものの、超常現象を信じられない母サラは牧師を厄介者扱いして追い出してしまう。しかし、やがて超常現象は激しくなり、他に頼る当てもないサラは牧師の助力を求めた。再びキャンベル邸を訪れて家に少年の霊が取り憑いていることを知った牧師は、少年の遺骨を家から運び出せば大丈夫だと、自ら少年の遺骨を車に乗せて立ち去った。ところが、少年の霊は悪霊ではなく、むしろ他の霊を抑えようとしていたのだった。少年の霊が去った家は、残された危険な霊達による真の恐怖にさらされることになるのだった・・・・・。
 
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たぴおか的コメント    『エクトプラズム』という邦題がまたしても見当違いだ。確かに、『エクトプラズム』という単語はインパクトがあるし、観客の興味を惹くタイトルではある。そして、事実作品中でエクトプラズムは登場するのだが、ストーリーの展開においては大した意味も重要性も持っていない枝葉末節の部分に過ぎないのだ。オフィシャルサイトには「エクトプラズムの斬新なビジュアライズ」などと書かれていたが、正直そんな枝葉の部分の映像化に力を入れるなど無駄以外の何物でもない。加えて、そのエクトプラズムの映像は、私にはどう観てもエクトプラズムだとは受け取れなかった。喩えて言うなら、あたかも水中で口から金色のラッカーを吐き出してでもいるかのような、作り物感が露骨に感じられる映像だった。副題の『怨霊の棲む家』の方が、遙かに的確にこの作品を言い表していると言える。
 事実に基づく作品とのことだが、そのためか前半は大きな盛り上がりもなく淡々と進行するために、どうしても退屈してしまう。また、随所に過去のシーンのフラッシュバックが挿入されているのだが、正直それが効果的に配置されているとは言い難く、むしろ逆効果になってしまっている気がする。また、結局なぜその家で夥しい殺人が繰り返されていたのかという説明も曖昧だし、黒魔術がどう絡んでいたのかもよくわからない。そもそも科学では解き明かせない事件をモチーフにしているために、多分に想像が絡んでいることがその理由だとは思うが。ラストでは、「フィクションだったらおそらくマットの癌が消えるのだろうな」などと思っていたら、実際にもマットが完全な健康体になったとの説明の字幕があった。これを宗教的な見方で解説するならば、マットの癌を治すために、一家に与えられて試練だったということになるのだろうが、あいにく「神」などという存在をこれっぽっちも信じていない私にとって、それこそがこの作品の事件の中で科学では説明できない最大の謎だった。