あのブルース・リー亡き後、ユン・ピョウらが代役を務めて『死亡遊技』を完成させたように、ヒース・レジャーが急逝して未完成となったこの作品をジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルが代役を演じて完成に至った作品。幸いにも現実世界でのトニーはほぼ撮影済みだったようで、ジョニー・デップら3人はそれぞれ違った鏡の世界の中でのトニーを演じ分けている。何が幸いするかわからないもので、鏡の中のトニーを違う俳優が演じたことがむしろ作品に面白味を加える結果につながっている。そう、様々な欲望の世界の中でのキャラクターなのだから、顔が同じである必要は全くないのだ。
監督は言うまでもない、『ローズ・イン・タイドランド』以来4年ぶりのメガホンを執るテリー・ギリアムなのだが、この作品では彼らしい独特の毒気が希薄で、あたかも炭酸の抜けきったコーラのような作品だと感じてしまうのは寂しい。しかし、小人のパーシーを演じたヴァーン・トロイヤーの存在や、悪趣味なミュージカル仕立てで警察を皮肉るなど、彼が彼である所以がうかがえて少し安心した。
それにしても、テリー・ギリアムという男の頭の中は、一体どうなっているのだろうか?といつもながらに思わせる、彼のイマジネーションの世界は実に蠱惑的であり、それでいて嫌悪が表裏一体に同居している。おおよそ私のような凡人には思いつかないようなその幻想的でシュールな世界は、まさに彼のお手の物であり最も彼らしさが発揮されるところでもある。そしていかにも「テリー・ギリアムは健在だ!」と言わんばかりに畳みかけるように次々と幻想の世界を繰り出してくるところは、いかにも彼らしい茶目っ気にあふれている。
それから忘れてはならないのが、ヒース・レジャーの冴えに冴え渡った怪演ぶりと、そのヒースの演技をコピーしながらも自分流に見事にデフォルメして演じてみせた3人の俳優たちの演技だ(と言いながらも、以前から嫌いな俳優の筆頭格だったコリン・ファレルだけは、どうしても受け入れられない。しかも、今回彼が演じたトニーはどことなくオカマチックでなおさらのこと好きになれない)。1人○役の逆で4人1役でトニーを演じ分けることにより、完成が危ぶまれていたこの作品が日の目を見ることになったのだ。ラストに表示される“A Film from Heath Ledger & Friends”の文字が、この作品の性格を端的に表現していると言えるだろう。