評     価  

 
       
File No. 1297  
       
製作年 / 公開日   2010年 / 2010年10月16日  
       
製  作  国   日  本  
       
監      督   佐藤 純彌  
       
上 映 時 間   137分  
       
公開時コピー   幕末リアリズム。
 
日本の未来を変えた、史上最大の事件。
 

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最初に観たメディア  

Theater

Television

Video
 
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キ ャ ス ト   大沢 たかお [as 関鉄之介]
長谷川 京子 [as 関ふさ]
柄本 明 [as 金子孫二カ]
生瀬 勝久 [as 高橋多一郎]
渡辺 裕之 [as 岡部三十郎]
加藤 清史カ [as 関誠一郎]
中村 ゆり [as いの]
渡部 豪太 [as 佐藤鉄三郎]
須賀 健太 [as 高橋荘左衛門]
本田 博太郎 [as 桜岡源次衛門]
温水 洋一 [as 与一]
北村 有起哉 [as 安藤龍介]
田中 要次 [as 稲田重蔵]
板東 巳之助 [as 有村次左衛門]
永澤 俊矢 [as 西郷吉之助(隆盛)]
池内 博之 [as 松平春嶽]
榎木 孝明 [as 武田耕雲斎]
西村 雅彦 [as 野村常之介]
伊武 雅刀 [as 井伊直弼]
北大路 欣也 [as 徳川斉昭]
 
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あ ら す じ    安政7年(1860年)。将軍の名の下に弾圧を繰り返す大老井伊直弼の暴政に終止符を打つべく、水戸藩士の有志の者たちは井伊を討つ盟約を交わす。そして2月、藩士のひとり・関鉄之介は妻・ふさと息子・誠一郎に別れを告げ、江戸へと向かった。いよいよ井伊直弼暗殺という大義を果たす時が近づいていたのだ。
 計画を立案した水戸藩南郡奉行・金子孫二カ、北郡奉行・野村常之介、奥右筆頭取・高橋多一郎らの下に集まった者たちは、井伊襲撃の日が3月3日、場所は桜田門外と決まったことを告げられる。そして、井伊暗殺の実行部隊として水戸脱藩士17名に薩摩藩士・有村次左衛門を加えた総勢18名が選ばれ、鉄之介は実行部隊の指揮を執るよう言い渡された。
 襲撃当日、雪の降りしきる江戸城・桜田門外で、見事井伊の暗殺に成功したことを見届けた鉄之介は、野村と合流すると京都へと向かった。井伊暗殺は彼らの計画の一部に過ぎず、その後に薩摩藩3,000の兵が繰り出されて京都を制圧し、朝廷を幕府から守る手はずとなっていたのだ。ところが、その計画に狂いが生じた。
 密約を交わしていた薩摩藩主・島津斉彬が急死し、代わって実権を握った島津久光は自藩の直接関与を拒んだために、京都挙兵が反古となった今、鉄之介ら水戸脱藩士たちは幕府からはもちろんのこと、元藩主である斉昭からさえも幕府に弓を引く大罪として厳罰に処するよう命が下り、孤立無援の状態に追い込まれてしまう・・・・・。
 
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たぴおか的コメント    コピーにあるような「日本の未来を変えた、史上最大の事件。」かどうかは分からないが、少なくとも誰もが社会の時間に聞き覚えている事件である「桜田門外の変」。第13第将軍・徳川家定が病弱でしかも嫡子がなかったため、後継者を巡って幕府内は一橋慶喜(後に徳川幕府最後の将軍である15代将軍となり、大政奉還を行った)を推す徳川斉昭ら一橋派と、紀伊藩主・徳川慶福(のちの14代将軍・徳川家茂)を推す井伊直弼ら南紀派とに分裂し、激しく対立していた。そして、1953年にタウンゼント・ハリスの艦隊が通商条約締結を求めて浦賀に訪れたことをきっかけに、井伊直弼の暴走が始まったのだ。
 病床に伏せっていた将軍家定を差し置いて実権を握った井伊直弼は、当時筆頭老中だった堀田正睦を罷免して次期将軍に自らが推す家茂を内定、自らは大老となって間部詮勝らを老中に任命し、専制体制を確立した。そして、勅許を得ないままに日米修好通商条約を締結し、これに不服を申し立て不時登城した徳川斉昭らに隠居謹慎などの処分を下した。これが安政の大獄の始まりであり、以後直弼は自らの諸策に反対する者たちをことごとく弾圧していった。それらは形式上13代将軍・家定の命を受けての処罰だったが、実際にはすべて直弼が独断で発したものだった。
 そんな井伊直弼の専横政治に耐えかねた元水戸藩の脱藩浪士らが、桜田門外で井伊の行列を襲撃し井伊直弼を討ち果たした事件、それが桜田門外の変、というのが私が知っていたすべてで、だから作品の主人公である大沢たかお扮する関鉄之介なる人物が実在したかどうかも知らず(こういう作品では架空の人物を登場させることもままあるから)、Webで調べてみて登場人物がすべて実在していたことと同時に、ほぼ史実通りの内容であることを初めて知った。
 いきなり冒頭から30分も経過しないうちに、そこまでの経緯の説明も何もないまま井伊襲撃シーンとなる構成には大いに疑問を感じる。そしてその襲撃シーンの迫力不足は観ていて悲しくさえなる。おそらく、現実の桜田門外での襲撃はこの作品のようなものだったのかもしれない。とは言え、あまりにも「見せ場」にならない殺陣は、先日の三池崇史監督の『十三人の刺客』を見習って欲しいものだ。そして、どうやらこの作品のメインは桜田門外の襲撃事件自体ではなく、その後の大沢たかお扮する鉄之介の逃亡劇にあるのだと、後からわかったのだが。
 こういった史実に基づいた作品の場合、下手な小細工をすると効果がまったくないだけではなく、むしろ観る側の意欲をそいでしまうもので、この作品はその典型だと言っていい。おまけに、シーンによってはそれが現在なのか過去なのか判別がつきにくくて戸惑ってしまう。歴史を知るにはいいかもしれないが、映画としての出来は非常に残念な結果だと言われても仕方ないだろう。