評     価  

 
       
File No. 1831  
       
製作年 / 公開日   2012年 / 2013年07月12日  
       
製  作  国   アルゼンチン / スペイン / ド イ ツ  
       
監      督   アナ・ピターバーグ  
       
上 映 時 間   117分  
       
公開時コピー   ただ、もう一度だけ、
すべてをやり直したかった
 

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最初に観たメディア  
Theater Television Video
 
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キ ャ ス ト   ヴィゴ・モーテンセン [as ペドロ/アグスティン]
ソレダ・ビジャミル [as クラウディア]
アニエル・ファネゴ [as アドリアン]
ハビエル・ゴディーノ [as ルーベン]
ソフィア・ガラ・カスティリオーネ [as ロサ]
 
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あ ら す じ    アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで結婚8年目の妻クラウディアと暮らす医師アグスティンの心には、ぽっかりと穴があいていた。裕福で安定した暮らしをしながらも、公私共に決まりきった日常に耐え難い閉塞感を感じていたのだ。そんなある日、長らく音信不通だった一卵性双生児の兄ペドロが突然訪れ、末期癌に蝕まれた自分を殺すようアグスティンに懇願する。突然の申し出に困惑するアグスティンだった、浴室で吐血したペドロを見て衝動的に殺してしまう。
 アグスティンは、自分が死んだことにしてうりふたつの容姿のペドロになりすまし、人生をやり直そうと考える。ブエノスアイレスから北へ30km程のデルタ地帯、少年時代を過ごした生まれ故郷ティグレに帰ったアグスティンは、新たな人生をスタートさせるつもりだった。しかし、ペドロが闇の犯罪に関わっていたことが判明し、アグスティン自身も犯罪へと巻き込まれていく。やがて、アグスティンの死に疑問を抱くクラウディアや彼に疑惑の眼差しを向ける幼馴染みのアドリアン、そして心を惹かれていく女ロサが絡み、嘘と真実、因縁と運命が交錯していく・・・・・。
 
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たぴおか的コメント    おそらく彼のキャラクター故だろうが、どうもヴィゴ・モーテンセンの主演作は、『イースタン・プロミス』といいこの作品といい、観た後に救いようのない虚脱感というか虚無感にとらわれる作品が少なくない。誰しも自分の人生にはどこか不満を感じているものだし、「隣の芝生が青く」見えてしまうのもわかる。主人公のアグスティンもそんな一人なのだが、観てる者からすればおそらく羨望の的のような人生を送るアグスティンもまた、自分の暮らしには満ち足りてはいない。妻が養子の話をすると、彼女と正面から向き合おうとせずに自分の部屋に閉じこもってしまう、そんな描写がアグスティンの自分に境遇に対して抱いている気持ちを巧く表現している。
 そんな彼にとっては、結婚もせずに養蜂業を営み気楽に暮らしている一卵性双生児の兄ペドロが羨ましかっただろうことは容易に想像がつく。だが、いくら深層心理では兄を羨んでいたとしても、アグスティンには兄に取って代わろうなどという気持ちは微塵もなかっただろう。たとえ本人から「末期癌だから殺してくれ」と頼まれたとしても。ところが、彼の中の天秤は、ペドロが浴槽で吐血した姿を見て反対側に傾いてしまう。倫理観よりも、兄の苦しみを救いたい思い、そして自分も今の境遇から抜け出したいという思いが上回ったのだ。
 アグスティンは新しい人生を手に入れたが、ペドロには、犯罪を犯していたという自分の知らない側面を持っていた。そして、否応なくアグスティンもまた犯罪に巻き込まれていく。それまでは犯罪とは無縁の生活を送っていたアグスティンにとって、そんな生活が果たして幸せだったのか。答えはアグスティン本人じゃなければわからないが、察するところおそらく“Yes”だろうと思う。なぜなら、彼はいくら今までの暮らしでは決して手に入れることができなかったものを得たからだ。
 そんな彼の新たな人生も、実は砂上の楼閣のようなものであることを、アグスティン自身もよく解っていたのだろう。兄ペドロと比べると臆病な性格のアグスティンのこと、兄を手に掛けたことで、寝ても覚めても罪の意識と悔恨の思いに苛まれ続けていたはず。そして、生きている限り彼の心に平穏は訪れないことも、彼には痛いほどわかっていた。だからこそ、ロサを救うために進んで自分を犠牲にすることができたのだ。愛する者のために自分の命を犠牲にするという、最高の大義名分を見つけたアグスティン。愛する者のそばにいながらも、決して落ち着くことのなかった彼の心も、ようやく安住の地にたどり着くことができたのだろう。